人を殺したので見てほしい

   私は知らない男性の運転する車に乗り、山奥の道を進んでいました。知らない男性は、自分のことを私の恋人だと言うのです。そして、人を殺したので見てほしいと、こちらを見ずに告げました。私は怯えきっていました。山道の交差点のような場所に死体はありました。私は一目見て、昔の知り合いだとわかりました。全身がぐちゃぐちゃになっていました。


   恋人であるらしい男は死体を隠すのだと言いました。私はそんなことは許されない、絶対にやめてほしいと必死に懇願しました。警察に届け出るべきだとも。しかしそれはできない、二人とも犯罪者になってしまうからと男はわけのわからない理屈をこねるのです。そんなことある訳ないと思いそうなものですが、その時の私はなるほど確かにと納得するのでした。ともあれ、死体を動かすのは阻止し、私は男を無理やり車に乗せ、運転席に乗り込みその場を離れることにしました。


   あんなに恐怖に萎縮していた私が殺人者から主導権を奪う形で車を走らせた訳ですが、その時の私は何か強い力に突き動かされていました。私は殺された人が不憫でならず、とても痛ましい気持ちでした。また知り合いでもあったため、悲しく寂しい思いもありました。しかし同時に潰れた顔面や飛び散る内臓、でたらめに折れ曲がる手脚の一つ一つが恐ろしくてならないのです。そしてまた、私がとんでもないことに巻き込まれ、悪そのものに成り果ててしまっている事に心底怯え絶望しているのです。それらの感情が同時に一つのものとなって、私を突き動かしていました。


   さて、私はその後車を走らせましたが、恋人であるらしい男は依然として納得しておらず、なんとしても引き返さねばならないといってききませんでした。やがて激昂してハンドルを奪った男は崖の細い道に車を向けて、アクセルを踏んでそこを通れと脅迫しました。もはや心中です。私は怖くてどうしてもできませんでした。その時突然、私の目の前にくるくると回るプラスチックの筒状の飾りが現れました。そこには紙で私や人々の思いが綴られたものが折り挟まれていました。私は自分の人生と、殺人者ではない「普通の人々」のことを考え、泣きながらそれを回し眺めました。すると私は光に包まれ、別の場所へと瞬間的に移動する事ができたのです。


   そこは殺風景な建物の中で、壁はどこも塗りたてのように白かったです。私は涙でぐしゃぐしゃのままそこに座り込んでおり、目の前には知らない女性が微笑み立っていました。彼女は何も言わず私の手を引き、ある部屋に案内しました。入り口に「生活の場」と書かれており、中でたくさんのマネキンが生活のふりをしていました。マネキン達が生活感のある道具を手にしている様子を眺めていると、私はなんだか心が温かくほぐれていくのを感じました。そして例の彼女は、相変わらず一言も話しませんでしたが、そんな私の顔つきを見て満足気でした。私は彼女にさよならと言いました。返事はありませんでしたが、気づくと見覚えのある部屋に帰ってきているのでした。


   男に自首させなければ、そう思うのですが私は男の名前も居場所も知りません。私の恋人ならば誰かわかる人がいそうなものですが、誰も知らないと、私には恋人などいないと言うのです。ふと、私は男の顔が思い出せないことに気づきました。男ははじめから存在しないのではないか、全て自分がやったことなのではないかという考えが頭から離れなくなりました。


   それからというもの私はすっかり気分が塞ぎ込み、警察に行くのはおろか誰に会うのも嫌で、それでいて自分自身も信じられず、気が狂わんばかりでした。いつか誰かがこのことを知り、今にも私の元へ押しかけて来ると、頭の中はそんなイメージでいっぱいでした。そんな中、なんのきっかけもなくふと死んだ知り合いは細木数子という占い師と同一人物なのでは、という考えに至りました。これは発覚したら大きなニュースになるだろう、と頭の中で誰かが囁き、私は新聞をめくる手が細かく震えるのを眺めていました。

2011121日の夢]


ーーーーーーーーーーーー


   今回は珍しくメモがですます調で書かれていたので、そのままの雰囲気で直してみた。


私の夢には同じ場所がよく出てくる。入居する店や人々は違っていても、建物は同じであることが多い。建物を頼りに知っている道を歩いたりする。しかし人はというと、ほとんどが知らない人だ。知らない上に特に特徴もないので、ザ・人という感じである。


   建物などの街のつくりは階段のディテールまではっきりしているのに、それに比べて人の印象が漠然としているのはなぜなのか。(言動や服装はっきりしているが、たとえば顔立ちは不明瞭)そんなピントのずれに我ながら違和感をおぼえる。実は普段から物の見方が変なのか?と思ってしまう。


   普段人間はものをみて情報を得る際に、無意識のレベルで編集を行っているらしい。そのうち、顔認識に関わる部位と物体認識に関わる部位は脳の別々の場所に分かれて存在しているという。

   私の夢にはたまに「∴」「:」のような、点が目鼻口の位置とも関係なく並んだだけの顔をしている人が出てくる。普段ならまったくもって顔認識できそうもない絵になっているわけだが、夢の中では自然に受け入れているのが面白い。それを顔として認識できるのは、顔認識に関わる部位が休んでいるからなのか、誤作動を起こしているのか、私の脳内では何が起きているのだろう。また顔認識できていないとして、人が区別できているのはどういう仕組みなんだろう?そんなことを考える。