ある施設からの脱出(1)

    「まもなくここに洪水が起きる」と友人が言った。ダムと川に挟まれたこの町に水の逃げ場はなく、たくさんの人が死ぬだろうと訴えるのだ。私たちは計3人で逃げることにした。

    一人が浮き輪を用意してくれたので、借りる。それを身につけた途端水が胸元まで押し寄せた。浮き輪で水面に浮かびながら進む。プカプカと呑気な見た目で、とても非常事態とは思えず楽しい。一人が「私の浮き輪、穴があいてる」と騒ぎ出したが、楽しくてそれどころではないので、まあ、大丈夫だよと適当に言った。

   進んでいくと流れるプールのようなところに出た。急に日差しが眩しくなった。プールサイドには水着姿の男女がくつろいでいる。二人の姿は見当たらない。なんだかよくわからないまま流されていくとやがて行き止まりになり、水中から伸びる階段の先には「出口」と書かれた扉があった。出口の向こうは静かな廊下で、いくつかの個室に繋がっていた。中にはベッドがあり、シャワーやトイレも備えている。帰り方がわからないので、今日はここに泊まることにした。

    そのまま何日か過ぎてしまった。部屋の外の通路を何度か探索してみたが、出方がわからなかった。入ってきたはずの扉さえ見つからない。たくさんの個室と大型スーパーが一軒あるということだけわかった。大型スーパーにはいつも百人近くの人がレジに並んでいる。初めて見たときはこんなにたくさんの人がここに住んでいるのか、と驚いた。彼らはいつから、どうしてここに住んでいるんだろう。気になったが、色々と想像すると怖くて聞けなかった。

    ある日スーパーから部屋に戻る途中、背後からカートを押す女性がものすごい勢いで迫ってきていることに気づいた。あっという間に私を追い越して、すごいスピードで進む。なんとなく、置いていかれたらいけないような気がして慌てて走ったが、向こうも走りだした。カートの車輪を上手く使い、差をつけていく。

    やがて通路が3つにわかれた所に着いた。初めて見る場所だった。3つにわかれた通路にはそれぞれ「男性用」「女性用」「男性同性愛者用」と書かれた札が立てかけてあった。女性が男性同性愛者用の方に入って行くので、私は「そっちは違うのではないですか」と必死に叫びながら追いかけた。突然通路が広くなり、ホールのような空間が現れた。真ん中の舞台では、抱き合う男性二人の横で彼女が踊っている。こちらを見て「私は男よ!」と言った。私は彼の性自認を決めつけてしまっていたことに気づき、申し訳ない気持ちでいっぱいになり謝った。

    その夜部屋ですることもなくぼんやりしていると、備え付けの固定電話が鳴った。一緒に町を出た友人からだった。どうしてこの電話番号を知っているのか、町はどうなったか、色々聞きたいことはあったが、私の精神は限界だった。「ここから出たい」そうやっとの思いで伝えた。友人は、私がこの場所を出るための工作をしてくれるという。(続く)