ある施設からの脱出(2)

(1の続き)

    友人が本当に工作をしたか、したとしてそれがどういったものかはわからないが、翌朝、施設の人間が現れ私を出してくれた。指定されたバスに一人で乗り込む。座席に座る私の目の前には、小柄な女が一人立っていた。彼女はこちらをじっと見つめた後、私の頬をギューとつねった。びっくりしたが、こちらも負けじと彼女の腹に手を当てたぷたぷと揺らしたところ、「何なの」「信じられない」とぶつぶつ言いながらバスを降りていった。

    女を降ろしたバスが進み出した後、私は「お、こんな所にこんな店ができたのか」などと口に出しながら、後方を覗いていた。降りていった女が気になったからだが、他の乗客にそのことを悟られたくなかったのだ。すると近くに座っていた男が「鞄屋だね。セールをやっているようだ。調べて差し上げよう」などといいながら携帯をいじる。参ったなと思いつつ、私はその人とバスを降りているのだった。

    鞄を見ていたら、男が「このまま二人で逃げよう」と言う。何から逃げたいのかよくわからなかったが、私もこのまま家へ帰り着けるかわからないため承諾した。森の中にある小屋みたいなその人の家に来てみると、小さな天井に布が張り巡らされており、その上にうさぎのぬいぐるみのようなものがいた。こちらをじっと見たのち、落ちてきて私の手を思い切り噛んだ。布の上に放っても、何度も落ちてきては噛みついてくる。そうするうちに、ぬいぐるみは巨大な蜂に姿を変え、ものすごい勢いで攻撃してきた。

    私たちは小屋を出て、森の方へ向かった。ネバネバした谷があるから、そこに追い込んで出られなくしようという事だった。谷まで来た私たちは、崖の中腹の細い道まで出て蜂を誘い込んだ。崖には人間の腕がたくさん生えている。一本引き抜くと、根が繋がった十数本がまとめて落ちてくる。これを使って谷に蜂を埋めるという作戦だ。

    しかしタイミングがうまく合わず、がらがらと落ちてきた腕がぶつかり男はバランスを崩してしまった。私はすんでのところで落ちてきた腕を取って男の方に伸ばした。男も別の腕を掴んでこちらに伸ばした。すると腕の手同士がぎゅっと掴みあった。とても気持ちが悪い光景だった。蜂は無事で、こっちを見て笑っていた。私はなんとか引き上げようとしたが力が足りず、男は落ちて死んだ。

    男の小屋に行くと別の男が住んでいた。誰だと聞くと、前ここに住んでいた人に、僕が今日からなったのだという。でも別人でしょうと言ったが、しばらくぽかんとして、名前を引き継いだから僕はその人だし、その人は今は僕だという。

    しばらく聞き回って分かったことには、この辺りでは人は入れ替え可能で、名前さえ名乗れば姿形はおろか性格や記憶も違うのに誰も気づかないし気にしない。私が違う違うというのが他の人たちは理解できないらしかった。その場所を占めてその名前を与えられればその人なのであって、それ以外のことは判断できないらしい。私はそのことに気づいて、げっそりするくらい泣いた。

[2011年11月13日の夢]


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    夢の中で存在しない人に対して懸命になることがたまにある。起きてみればその人は知らない人だとわかるが、大切に思っていた気持ちはなんとなく残っていて、不思議な気分になる。

    夢で感情が大きく動いて、寝たのにすごく疲れるということもあり、健康には良くなさそうだがこうした不思議を体感する楽しさはなかなか捨てがたい。

    テッド・チャンの新刊が今年発売されるらしい。前作「あなたの人生の物語」の読書体験は、私の中で夢で会った大切な人の記憶みたいに残り続けている。本当に嬉しい。